機械が勝手に富を生み出すようになれば、人間の仕事はなくなる。従業員がいない完全自動化された企業は株主にしか富を渡さない。そうなると人類は二種類に別れる。株主かそうでないかだ。 ー ネット掲示板2ちゃんねるの書き込み 本書より

近い将来に雇用は大崩壊するのでしょうか?するとしたらその理由とは?
2030年、高度に進化した人工知能の登場により、全てが完全自動化された企業や工場。労働力という人的資本を投入しなくても、製品やサービスが完成したとします。

そうしたらもはや、労働者は不要なのでしょうか?

労働者は雇わなくていいので、人件費は発生しなのです。浮いたお金で、さらなる自動化に再投資できます。極限まで効率化する生産性。利益は全て資本家のものとなります。当然、資本を持たない労働者は無収入になります。

一部の資本家だけが人生を謳歌し、給料が出ない労働者は餓死して野たれ死ぬのでしょうか?資本を持つものと、持たない者の間で凄まじい格差が発生するのでしょうか?

本当なら、なんとも素敵な未来像ですね。

果たしそれを回避する方法はあるのでしょうか?

本書はその打開策として、ベーシックインカムの導入を提案しています。

 ベーシックインカム = 老若男女、仕事の有る無しに関わらず、全国民が平等に受け取れる手当。

これによって働かなくても生きていける、ユートピア社会が出現するのでしょうかね?

AIの話題は、テクノロジー側から取り上げれることが多いが、本書は、経済や雇用の側面からの、考察となっています。

誰もが一番気にするのは、明日、自分の仕事があるかどうかなのです。

ちまたでは高度に発達したAIの登場により、人間の仕事が奪われる議論が尽きませんよね。

確実に言えることは、誰にも未来は予測できないです。
しかし、過去に起こったことは、確実に知ることができます。

歴史上、テクノロジーの進化とともに、新しい技術は人間の仕事を絶えず転換してきました。産業革命が、農耕社会の働きかたを変えたし、情報化社会は、工業化社会の仕事を変えてきたのです。

古い仕事がなくなる中、新しい技術は新し需要を生み出してきました。

AI時代は、こんな系統の仕事が生き残るといわれています。

クリエイティブ系(創造性を発揮する仕事)
マネージメント系(経営・管理の仕事)
ホスピタリティ系(もてなしを必要とする仕事)

逆に言うと、これらの仕事は機械には真似できない人間らしさ表しているとも言えるのですよ。

結局、テクノロジーの話は、未来の働き方や社会のあり方に行き着き、働き方を突き詰めると豊かさの話にります。そして、豊かさとは、われわれ人間はどういう存在なのか?という議論に行き着きます。

そもそも我々はなぜ、こんなに取り憑かれたように働くのでしょうか?
人は、なぜ仕事を失うことを恐れるのでしょうか?
食えなくなるからと言えば議論はそれまでですが・・・

この社会から刷り込まれている思想は根深いです。
その思想とは社会の役に立っているという尊厳です。

つまり、資本主義社会では、役に立ってこそ生きている価値があるというイデオロギーの中、仕事をしています。

しかし、本当に役に立たなければ生きている価値はないのでしょうか?

本書はこれに答える形でフランスの小説家・ジョルジュ・バタイユによる対立する概念が引用されています。

それは「有用性」と「至高性」

有用性とは?


資本主義に覆われたこの世界。役に立つことばかり重宝する世界。未来の利益のために現在を犠牲のする営み。「役に立つ」ことにしか価値を見いだせない現代人は哀れだと。

現在(いま)という時が、未来に隷従されているということです。有用な営みに覆われている、人生は奴隷的だとバタイユは言います。 「今」を投資して「未来」で回収するという発想です。資格の勉強や受験など、まさに資本主義的ですよね。

有用性というのは運転免許だったり、会計の知識だったり、プログラミングだったり、いつか機械に置き換わるかもしれない事柄です。

要するに価値が普遍的でないものです。



至高性とは?


逆に「至高の瞬間」とは未来に隷属しておらず、それ自体満ち足りた気持ちを抱かせらたような瞬間のことです。つまり役に立つかどうかに関係なく価値があるものです。

わたしの場合は、

・晴れた日に、海辺を歩いている瞬間。
・風呂上がりに、ビールを飲んでいる瞬間。
・面白い小説に、没頭している瞬間。

ですねw


やはり全ての仕事が機械に、置き換わったら人間は無価値なのでしょうか?
逆説的なんですが、
実はテクノロジーの発展こそが人間の価値を明らかにしてくれています。

人は生きているそれ
自体に価値があります。

天の無数の星々は仕事などしない。利用に従属するようなことなど何もしない。 ー バタイユ

全てがAIに置き換わった暁には最後に残る「生」こそ価値がある普遍的な存在ではないでしょうか。

わたしは「生」とは、今この瞬間を経験することだと確信しています。

巻末でのケインズの引用が、素晴らしかったので紹介しておきますよ。ぜひ読んでくださいね〜。人類が目指すべき人としての核心を突いてます。

われわれは、もう一度、手段より目的を高く評価し、効用よりも善を選ぶことになる。われわれは、この時間この一日の高潔で上手な過ごし方を教示してくれることができる人、物事の中に直接の喜びを見出すことができる人、汗して働くことも紡ぐこともしない、野の百合のような人を、尊敬するようになる。 − ケインズ 本書より