誰もがお金に対して、不思議な考えをします。

お金がないときは、もっとお金があれば幸せになると考える。
お金があればあるで、もっとお金欲しいと考える。

なんか結局、どっちも満足しないという。。

使い古されている言い方でアレですが、お金で幸せは買えません。

しかし、不幸にもわれわれは、物欲を助長するような文化に中を生きています。

車、マイホーム、テレビ、服、コレクション。モノ。

消費すればするほど、所有すればするほど、幸せになると日々すり込まれています。

もちろんこれは真実ではない。

じゃ、逆を考えてみよう。貧乏だったら、幸せなのか? 

常に不足した生活。 常に明日の衣食住を心配する生活。 生活費も借金しながら生きる人生。

こんなの幸せじゃないですよね。 

要するにお金それ自体は悪いことじゃない。
モノを所有することも悪いことじゃない。
9時-5時で働くことも悪いことじゃない。 

誰だって生活するの最低限モノは必要だ。みんな家賃や光熱費だって払わないといけない。 衣食住を満たさないといけない。

安全保障のためにお金は絶対必要なのだ。

問題の本質は、メディアに踊らされて人生がひたすら所有することに費やされていること。消費に時間を費やしていると、本当にやりたいことをやる時間がなくなっていきますよね。 

そんな時はちょっと過剰になったモノを処分してみましょう。
我々は情報もモノも過剰な社会に生きています。

お金も浮くし、やりたいことをする時間も少しずつできてくる。
余計なモノが減ると、人生の中に新しいことができるスペースが生まれます。スペースとは時間と空間です。

ジムに通ったっていいし。
会いたかった人と、じっくり話してもいいし。
写真撮ってインスタで共有してもいいし。
ブログを書いてもいいし。
本読む時間に当てたっていい。 

そんなにお金を使わなくても、楽しめることはたくさんある。
消費じゃなくて、創造する時間を作ろう。

人生の優先順位がただの欲しい物リストにならないように、スペースを作ってみよう。

えらそうに言うわたしもゴミ屋敷の中に住んでました。テレビ、DJ機材、レコード、CD、DVD、数々のコレクション。読みもしない本、着もしないい服。

わたしを満足させるはずのモノたち。

所有を増やすことによって、幸せはパズルのように完成するものだと思っていました。でも違いました。幸せは積み上があるモノの下に隠れていきました。過剰と化した部屋からは、もはや自分が何が欲しいかも、わからなくなっていました。

本当は好きなことに没頭したかっただけなのです。 

消費というものは多くの場合、不安や心配、自信の欠如の表れです。何かで心の隙間を埋めようとしています。 しかし、創造がもたらす体験。その時の心は、まさに満ち足りたものでした。

関連記事:所有からアクセスへ by『すべての教育は「洗脳」である』堀江貴文