誰もが疑いようのない、唯一絶対の真理に到達してやる!

哲学って有史以来、こうやって思考の限界に挑んできました。この世界で疑いようのないものとは?究極の真理とは?

結論から言うと、そんなものはないのですけどね・・・w

逆にないからこそ、人類はここまで発展してきたのです。だって、こうすれば絶対OKみたいな結論が出ていたら、みんな考えるのをやめるでしょう。

ところで哲学といっても、東洋と西洋ではまるでそのアプローチが違うのです。とくに東洋哲学は難解と言われています。なぜかは西洋哲学と対比することで見えてきます。

もう、本書を読んでその違いにゾクゾクしましたよ〜

西洋の哲学は階段。
まず自分が「無知」であるかことから自覚します。そしてそこから、議論やダメ出しを繰り返しながら、少しずつヴァーションアップしていくのです。OSみたいですね。

新しい世代が前の世代の論理を否定して新しい論理を構築するしていくのです。果たしで真理にたどり着けるか・・・

44
史上最強の哲学入門 東洋の哲人達より


東洋哲学はピラミッド。
東洋哲学はもう根本的に違うのです。「無知」を前提としないのです。もう前提がこうですよ。

我は真理を知りえたり。悟った。究極に達した。
いきなり全部知っちゃたよ・・・ゴールからスタートです。なんと西洋より2500年ぐらい前にもう達観しているのです。

しかも困ったことに、この真理は悟りは開い人しかわからないのです。だからの尊師が死んだら、残った者は独自の解釈をして後世に伝えるしかない。西洋みたいに、本を読んで知識として理解でれきればOKじゃないのです。 
 
03
史上最強の哲学入門 東洋の哲人達より


 実は対象とするモノのアプローチも違います。
西洋の場合は、最初の哲学として「世界の根源とは何か」「絶対的に正しいことは何か」といったことを考えた。すなわち、西洋は「人間の外側」にある「何か」について考えたのだと言える。  しかし、東洋の場合は、それとはまったく異なり、哲学者たちはみな、「自己」という「人間の内側」にある「何か」について考えた。そう、東洋と西洋は「関心のベクトル(方向性)」がちょうど逆だったのである。
東洋哲学って本で読んで理解できる代物じゃないんですね・・・
理解したければ、もう自分で悟りを開くしかないです。w それ故、難解なのでしょう。

・西洋 言葉と論理で理解する。
・東洋 身体を通して体感する。


16
史上最強の哲学入門 東洋の哲人達より


哲学なんて普通に生きていたら別にいらないんですよ。むしろ真実なんて追求しないほうが楽です。

浜辺でビールを飲んでいるほうがいいですね。(わたしの悟った状態)

それでも、なんで人類はこうも真理を追求してきたのでしょうか?やはり、そこに老いや病気があったり、戦争があったからなのでしょうね。

やっぱり、日々よりよく生きたいじゃないですか。心の平穏ですかね。

わたしは、むしろテクノロジーがパラダイムの今こそ、哲学を知るべきだと考えます。すべての事実(嘘も)がクラウドに出揃った現代こそ、己に対してより深く問える者が、望んでいる人生を切り開けるのです。

ああ、どうやって認識するものを認識できるであろうか?

ーヤージュニャヴァルキャ 紀元前650年 インド
 
ちなみに、わたしは敬虔な無神論者です。
飲茶さんの本はわかりやすくて、時間を忘れて一気読みです。