この国には何でもある。だが、希望だけがない - 村上龍の『希望の国のエクソダス』

今の日本って、なんでこんなに生きづらいのでしょうかね?

一体、みんな何者になるために、スキルアップしているのでしょうか?

どこまで、所有すれば満足なのでしょうか?

現状に満足させない商業主義の終焉 ー ここで少し、別の話がしたい。なぜ人は遠くばかりを見ようとするのだろうか? その一因は行きすぎた資本主義にある、と僕は思っている。雑誌を開けば「もっと豊かになろう」「もっと綺麗になろう」「もっとモテよう」といった企画が溢れているし、本屋に行くと「幸せを引き寄せる法則」といったスピリチュアル本とか、イケイケの起業家が書いた「成功の10か条」みたいな本が山積みになって置いてある。溢れているということは、それだけ需要がある証拠だ。

今の日本の社会は、現状で十分達成されていることであっても過剰に理想像を煽っているような気がしてならない。消費者は物欲を絶えず刺激されて、それにより経済活動が賄われているのだ。


もちろん、そういう幸せもある。 大前提として、それこそが資本主義の本質なのもわかっている。けれど、そんな生活を維持していくには、とてもしんどい思いをしなくてはならないことを忘れてはいけない。維持していけるうちはいいけれど、この課題先進国の日本では、みんながみんな、商業主義の波に乗り続けることができるほどの経済的、精神的な体力持っているわけではない。そうやってどんどん窮屈な生き方を強いられて、辛い思いをするのは結局本人なのだ。

超重要なことなので引用しておきます。

かつてこの国は大きな物語を信じて、もうありったけに消費してきました。全てを手にいれた先には幸せがあると信じて。でも、その先に何があったのでしょうか?

物理的な焼け野原を克服して先には、まさに絶望が広がる、精神の焼け野原が広がっていました。

目の前に幸せという人参(広告)をぶら下げられて、決して満足することなく、気づいたら消耗してうつ病になって孤独死しているという・・・

決して大げさではなく、これが行きすぎた資本主義です。


そのアンチテーゼとして島根県・海士町という港町が紹介されています。海士町には若い移住者が多く、みんなシンプルな暮らしをしています。困った時は物々交換したり、助けあったりするので必要以上に稼がず、みんなのんびり暮らしています。家入氏は、ここで本質的な体験をします。

そして、何より僕の心を動かしたのは、この島で暮らす移住者たちが今のライフスタイルを手に入れるために、「自分はどんな生き方をしたいか?」という問いから逆算していることだ。 複業を持つとかノマドといった「働き方論」は今までだって散々語られているし、その答えだって、いくつかの正解が出ている感じはするけど、そんな方法論だけをいくら深掘りしても海士町の生活に辿りつくことはない。 なぜなら、「働き方論」はテクニックにすぎないからだ。

大切なのは「どんな生き方がしたいか」であり、それは「自分にとっての幸せとはどこにあるのか」を探るということだ。 「海を眺めながら暮らせたら幸せだろう」、「じゃあ、そのためにはどうしたらいいだろうか」、「海を眺められる場所に住む必要がある」、「海を眺めて暮らすためにはいくら稼げばいいんだろうか」、「どういう暮らしをしていけばやっていけるんだろうか」と、理想の生き方から逆算することで、「自分にとっての幸せな生き方」を考え抜いてきたからこそ、海士町で出会った人たちは自分たちの足でしっかり立っているように見えるのだろう。

海士町。いいですね〜。

ここは今、若い移住者に大人気みたいですよ。

「自分はどんな生き方をしたいか?」

これに尽きますよ。生き方を実現するために、自己啓発もスキルアップもファッションも実はいらなかったりするのですね。

わたしも東京から鎌倉に移住しましたが、自己啓発もスキルアップも、余計なことは何も必要なかったです。 ただ唯一必要だったのが「良い質問」です。

「自分はどんな生き方をしたいか?」

全ては一流の疑問から始まるのですよ。

なぜ多くの人は、人生の多くの時間を好きでもない仕事に費やすのか? それは、他に生活費を稼ぐ手段がないと思い込んでしまう世の中があるからだ。なぜ多くの人は、富や権力に取り憑かれてしまうのか? それは、富や権力が自己実現の可能性を広げる唯一の選択肢だと思い込んでしまう状況があるからだ。なぜ多くの人は、大きなものに依存してしまうのか?それは、自力で生きていくことは限られた強い人にしかできないと思い込んでいるからだ。

人が生きづらさを感じる瞬間というのは、既存の社会にお膳立てされた仕組みや価値規範にフィットしないときに多い。 だから僕は選択肢を増やしたい。


これに応える形で、家入氏が提案してきたのが、小さな経済圏を実現する数々のプラットフォームなんです。

クラウドファンディングだったり、民主化したECサイトだったり、シェアハウスだったり、企業対企業じゃなくて、テクノロジーで個人対個人をつなげてきたのです。しかもかなりゆる〜い感じで。これがまたいいですね。

夢を形にしたかったら、クラウドファンディングで出資を募ればいい。 お店をやりたかったら、BASEで無料開店できる。 「おかえり」と言って欲しかったらシェアハウスに転がり込めばいい。

仮想通貨を語るまでもなく、テクノロジーがどんどん既存の枠組みを民主化して行きます。

インターネットって、どんな人でも声をあげられるのです。そこを拾って行きたいというところに、家入氏のやさしさというか、本懐をみました。